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現代カラテマガジン

昔のカラテマガジンのデータを時々見る。

自分はオープントーナメントのプログラムを持っていないので出場選手やトーナメント表は見ることが出来ないが、9回からカラテマガジンにもトーナメント表が載っている。

なんだか興味をそそられる。
9回での中山猛夫選手の快進撃によりその後の組み合わせがあからさまに変わってくるのが分かります。
9回トーナメント表
9kai.jpg
10回トーナメント表(ベニー・ユキーデ・・・)
10kai.jpg
並べてみてると面白い・・です。

好きな人は多分楽しいはずなので、見づらいけどごらんください。

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Secret

極真全日本

自分はブルース・リー以外に極真にも多少知識ありますので言わせていただくと、第9回全日本は中山猛夫初段(実際は茶帯でしたか)の快進撃での決勝戦進出は本当に想定外だったみたいで当時、大山館長と芦原支部長の関係があまり良好ではなかった事もあり、大山館長は内心、苦々しかったとも聞きます。中山選手と言うよりも芦原師範の育成指導力や着実な支部の勢力拡大に脅威を感じてたと言う意味で。
翌年の第10回全日本では前年準優勝の中山選手と前年6位の三瓶啓二選手(のちに第12・13・14回全日本三連覇)が早くも2回戦での対戦となりましたが、あの強引な組合せは中山選手を早々に潰すためだったそうです。その三瓶選手と決勝を争ったのはやはり芦原師範の一番弟子の二宮城光四段でしたね。延長戦の結果、二宮選手の優勝でした。大山館長も二宮選手だけはお気に入りだったみたいです。
この大会、ベニー・ユキーデの名前も確かにエントリーされてましたが客寄せのために極真のオフィシャル側が欠場を大前提に名前だけ使わせてもらったのではないですかね?もしくはユキーデ本人に無断でエントリーをデッチ上げたかのどちらかでしょう。
当時は大会運営においても梶原一騎先生の演出力が物を言う時代でしたから何でも有りでしたね。

T-MPDさんへ

リアルタイムでその当時高校生だった自分が見てもあの組み合わせはおかしく芦原先生も分かっていたようでした。
ただ、9回大会に二宮選手が怪我のため(真剣白刃取りで怪我?)欠場していたので、当時先生は「二宮が出ていれば1位2位独占だったのにな」と言っておられました。

それ以外も福岡選手、前田選手、伊藤選手と芦原道場の先輩方もことごとく早い段階でつぶされているのが分かります。

またこの中山選手が2位になり芦原道場が特に注目されるようになってから、内部でも色々あったようですね。
その後、芦原会館、正道館との分裂にもつながっていったように思えます。

今となっては極真会館自体が分裂が激しく自分ではまったく把握できてません・・

当時が懐かしいです。
またこの話題しますね。

AKさん自分じゃありませんでした

おはようございます。
最初のコメントは、「TMさん」で自分ではありませんでした。

私も格闘技の訓練をしましたが、極真系は打撃だけでしたので、日本拳法を習いました。
パワー空手の「道場訪問」で自分が通っていた道場が掲載されたことがあり、極真系との関わりはこれくらいですかね~。
日大OBの猪狩さんと稽古した時は、殺されるかと思いました。(-.-;)

T-MPDさんへ

スミマセンでした。
返信の欄が自動入力にしているので選択時に間違ってしまったようです。

ごめんなさい。
返信メッセージは自分が管理者でもpassを入れてないので編集できません。

TMさんごめんなさい。

No title

押忍!
中村誠師範をはじめ川畑師範・竹師範、今の極真重鎮の方々が出場されていますね。極真統一、何とか実現してほしいです。いや、ムリに統一しなくても今のプロレス界のようにプロダクション制にして自由に団体交流できるようにしてほしいです。しかし岩崎弥太郎って、これもイッキ・カジ氏のトラップなのか!?偶然か!?
プロフィール

AK

  • Author:AK

  • オタク的なおじさんの適当なぼやきです。

    「AKのHERO大好き!」というHPも持ってます。



    2009年12月にCr1.48で慢性腎不全保存期と診断され食事制限で闘病開始。
    それらの事もブログで記録していきます。
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